<1999年>
最初に作ったのはTシャツ、マタニTシャツと名付けました。
「妊娠していることをマークで知らせることで、周囲が手を差し伸べやすくする」というコンセプトは、当時としてはとても新しいものした。
新しいコンセプトを形にしたアイテムとして、まず思いついたのは
Tシャツとバッジです。(アメリカの映像でも、よく若者がコンセプチュアルなTシャツやバッジを身に着けていますよね)
なかでも、比較的少ない枚数から作れるTシャツを作ることにしました。
実際にそれを着て外を歩いてもらえるか分かりませんでしたが、マタニティビクスのウエアや室内着としては利用いただけそうですし、プレゼント用としても喜ばれるのではないかと考えたのです。
最初からバッジを作ることも考えたのですが、一個人が発案したマークがどこまで受け入れられるか分かりません。いきなりバッジにするのは、ちょっとおこがましい気がしました。それに、その当時は、バッジを作るには100個を超える数で注文するしかありませんでした。(現在とは、そういうところも社会状況がまったく違っていたのです)
バッジが何百も売れずに在庫になってしまっては困りますが、Tシャツ20枚程度ならなんとかなりそうだと思ったのです。いざとなったら、道に露店を出して販売しようと真剣に考えていました。
友だちのつてをたどってTシャツを作成
Tシャツを作ると言っても、少ない予算のなかで型紙から独自に製作することは不可能です。そこで、市販の無地のTシャツに、BABY in MEのロゴをプリントすることにしました。
それでも、素人には高いハードル
です。単なるTシャツプリントであれば、その当時も探せばいくらでもありましたが、デリケートな妊婦さんに着ていただくからにはチープなものにはしたくなかったからです。
それに、せっかく作ったロゴが映える印刷に、特にテーマカラーのピンクが鮮やかに発色するようなクオリティの高いプリントにしたかったのです。
そこで、アパレルに勤務している友人に相談したところ、有名ブランドのTシャツプリントも手掛けている印刷会社の若い社長さんを紹介してくれました。
そんな立派な会社が個人の仕事を相手にしてもらえるか不安でしたが、幸いBABY in MEのコンセプトにも賛同いただくことができ、ベースとなるTシャツ探しから協力してもらえることになりました。
喫茶店で打ち合わせること数回。いくつかサンプルを見せていただいた中から、国内で製造されているラインナップのなかから着心地が良く洗濯にも強い1枚を選びました。
ベースのTシャツが決まって、次はプリントとなって社長さんに聞かれたのは、プリントの位置でした。漠然と「気になる胸元がロゴのイラストでうまく隠れるようになると良い」と思ってはいましたが、それが上から何センチなのか素人には見当がつきません。困っていると社長さんから「一般的な位置で良いですか?」と助け船が。一つひとつが、新しい体験でした。
たった2ページしかないHPからのスタート